聖一国師が残した功績

聖一国師は、中国から帰国する際、茶の種子や、麺類、人形などの技術を持ち帰り、それを国内に伝えました。

なかでも今日、全国的に知られる静岡茶は、国師が中国から種子を持ち帰り、郷里栃沢の隣り部落、足久保(静岡市)の里に植えたのが始まりで、これが漸次発展して今日の静岡茶となりました。

また、国師は茶の種子と共に“禅苑清規(ぜんおんしんぎ)”という禅院の礼式作法を定めた書を持ち帰り、これに基づいて東福寺規制をつくりました。この中には禅寺の喫茶様式が定められており、わが国の喫茶礼式の創始として、喫茶の普及に役立ちました。

一方、中国に同行させた陶工満田弥左衛門に焼きものの技術を学ばせ、陶器人形のつくり方を修得させました。その技術は、博多人形や伏見人形、或いは京人形づくりにも生かされ、それらの人形のもとともなりました。更に国師は、麺類のつくり方をも我が国に伝えました。水車を利用した製粉機械の構造図を中国から持ちかえりその実際運用に努め、穀粉加工を指導したのです。当時、そば粉は、そのまま“かき粉”として食されていましたが、これを練り固め、薄く延ばして細く切る、いわゆる今日の“そば”や“そうめん”のもとをつくったわけです。